木浦舞楽 十二の舞

  木浦舞楽十二の舞は、江戸時代中期よりやや以前から糸魚川市木浦地区に伝えられ、木浦五ケ村の各神社で舞い継がれてきました。新潟県上越地方では、神主により舞われることから「太夫舞」、また、長野県北信地方で「太々神楽」と呼ばれる採物神楽系統の舞です。
  天岩戸開き神話を題材とし、舞楽の太平楽や能の三番叟の演目を取り入れて構成されています。

木浦舞楽十二の舞リンク集

線翔庵 YouTube 木浦の太夫舞

線翔庵 まつりの間 木浦の太夫舞 

糸魚川夜神楽YouTubeチャンネル

長者温泉ゆとり館

文化庁令和5年度地域文化財総合活用推進事業(地域文化遺産・地域計画等)採択結果一覧 

「木浦十二の舞」鑑賞学習会 木浦小学校

2019.7.23「ふるさと夜神楽と長者温泉の集い」 かさはらブログ

装束員数表

【浦安の舞(うらやすのまい)】
  昭和15年「皇紀弐千六百年」に合わせ、全国の神社で奉祝臨時祭を行うに当たり、全国神社に伝わる神楽舞を下地に創作された神楽舞です。
  十二の舞ではありませんが、木浦では昭和40年前後から地元の小学生女児により、神事の中で舞われます。
  前半は扇を、後半は剣鈴を持って舞います。

【獅子(しし)】
  獅子は、悪魔ばらいの舞として舞台を清めるため、最初に舞われる一人立ちの獅子舞です。
  木浦地区新戸や能生谷地区川詰では婚礼や祝い事などに披露する二人立ちの獅子舞が、太神楽(だいかぐら)の演目として継承されています。
  どちらも獅子に頭を食んでもらうと健康で暮らすことができると信じられています。

【太平楽(たいへいらく)】
  舞楽から取り入れられた舞と思われます。
  平和な世の中や氏子の安全を願う舞と言われています。右足で「鬼」という字を書いて踏みつける所作があります。

  頭に鳥兜を被ることから、「とっとこ(鶏)舞」と呼ばれています。天岩戸神話でも岩戸に隠れた天照大神を外に出すために鶏(長鳴鳥)も役割を担うことから、この舞が取り入れられたのではないでしょうか。

【三番叟(さんばそう】
   能の「式三番(しきさんばん)」から取り入れられた舞と思われます。 

  前半は面をつけず、躍動感に満ち溢れた若者を演じ、後半は面をつけ、落ち着いた動きで年老いた姿を演ずる舞です。 

  烏跳び(からすとび)、千鳥足(ちどりあし)など、山伏神楽の特徴も見られます。 

【當社(とうしゃ)】
 神社の神様が仮の姿として現れ、氏子とともにお祭りを楽しまれ、氏子の繁栄を願う舞です。
  舞の途中で、謡(うたい)が入ります。

【狩護(かりご)】
  「海幸」に対し、「山幸」とも言い、山の幸の豊かさに感謝をする舞です。 

  弓を用いるので「弓舞」とも言います。 

  矢は、破魔矢(はまや)とも言われ、射られた矢を得た人はご利益があるとされ、家の神棚に飾ったりします。 

【魔王伐(まおうぎり)】
  世の中の安泰を祈る悪魔祓いの舞。太刀を持って舞い、角(四隅)を伐る様から「角伐り舞い」とも呼ばれます。

【児屋根太玉(こやねふとだま)】

  細かく切った紙片を載せた三宝を持って舞われます。くるりくるりと回り、三宝から紙吹雪が舞い散る様から、別名、「花舞」と呼ばれています。現在、この舞は舞われておらず、代わりに「幣三条(もしくは幣参所)へいさんじょ」と言う、御幣をもって狩護のような舞振りの舞が舞われています。
  単に太玉と言われる一人舞ですが、かつては増氣・大兵のように児屋根との二人舞であったかもしれません。

【鏡舞(かがみまい)】
  鏡舞(かがみまい)は、黒塗りの丸いお盆を尊い鏡に見立てて舞われます。
  天岩屋に隠れた天照大神を外に誘い出す策を、太玉とともに太占を行い、岩戸から顔を覗かせた天照大御神に鏡を差し出した天児屋根を表す舞と思われます。
  大変アクロバティックな動きをする舞で、舞手が尊い鏡を落とさないように舞うところが見所です。

【海幸(うみさち)】
  狩護に対し、海の幸の豊富さに感謝し、海の漁の安全と収穫を祈る舞です。「たい釣り舞」とも呼ばれ、ひょうきんなしぐさで大変人気の舞です。 

【戸隠(とがくし)】
  天岩戸(あまのいわと)神話に根差した舞であり、天手力男命(あめのたぢからおのみこと)による勇壮な岩戸開きを表す舞です。岩戸に見立てた板を取るので「板取り舞」と呼ばれています。

  上越市などでは、岩戸に見立てた板は、次の演目の天女が持ちますが、木浦をはじめ能生地域では観客が天照大神(あまてらすおおみかみ)になり代わって岩戸に見立てた板を持ち、岩戸を開けようとする天手力男命との攻防が見ものです。

【天女(てんにょ)】
  天手力男命(あめのたぢからおのみこと)による岩戸開きにより、天照大神(あまてらすおおみかみ)が姿を現し、世の中が明るくなる様子を表す舞です。女性の姿にも見えることから「あねさ(姉さ)舞」とも呼ばれます。

【増氣大兵(ぞうぎだいおう)】
  當社大神に仕える増氣(ぞうぎ)は、杵と箆を持ち、天津神に仕える大兵(だいおう)は、弓矢を持って舞われます。
  違う民族(国津神と天津神)が理解しあう様を現す舞とも考えられます。
  増氣は「じさ」、大兵は「ばさ」と呼ばれ、「じさ、ばさの舞」と呼ばれます。
じさとばさの掛け合いが面白い舞いです。

頭・面

獅子

三番叟

三番叟
二五九四年二月 佐藤忠左衛門刻
※昭和九年

當社

當社
昭和丙子 勝江
※昭和十一年 新戸 佐藤勝江作

魔王伐

魔王伐
昭和十一年二月

魔王伐
忠左衛門作
※新戸 佐藤六蔵作

海幸

海幸
昭和十一年二月
忠左衛門作
※佐藤六蔵作

海幸
昭和十一年二月

海幸
忠左衛門作
※佐藤六蔵作

戸隠

戸隠
昭和十一年
カネ七
※七郎右衛門

戸隠
中尾 石﨑義一刻
※七郎右衛門刻

左 増氣(ぞうぎ)
右 大兵(だいおう)

増氣
昭和十一年二月

増氣
忠左衛門(佐藤六蔵)作

大兵
昭和十一年二月 忠左衛門(佐藤六蔵)作

新戸日吉神社

新戸日吉神社
社記

山王社旧跡
木浦忠魂碑向かいに残された猿田彦大神

山王社旧跡
中尾山王伏で半世紀の間、埋もれていた。

浜木浦諏訪神社
由緒

木浦の民泊

Airbnb

Airbnb のコンテンツは現在の Cookie 設定では表示されません。"コンテンツを見る"を選択し、Airbnb の Cookie 設定に同意すると閲覧できます。詳細は Airbnb のプライバシーポリシーをご確認ください。Cookie の利用は、Cookie 設定からいつでも変更できます.

コンテンツを見る